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第1回 ショージ田淵<フィドラー>

第2話 ショージ田淵<フィドラー>米国ミズーリ州ブランソン在住

今日のタブチの成功は、ただカントリー・ミュージックに魅せられただけではない。母の後押しと、クラシック・バイオリンの基礎に裏付けされた確かな奏力、そして、血の滲むような努力と行動力があったからだろう。
 

  わずか600ドルと愛用のバイオリンを手に憧れのアメリカに渡った。いまから38年前のことだった。  「着いたのはサンフランシスコ。フィドラー(バイオリン奏者)として多少自信があったので、すぐにでもどこかのバンドに入りたかったのですが、当時の僕の 英語力は低かったし、音楽家のユニオンにも入れずバンドの仕事はできなかった。前回でも言ったようにロイ・エーカフの言葉以外、なんの手づるもないままに渡 米したわけですから、まずは皿洗い、ウエイター、洗車などの仕事をしながらどうにか食べていました。そのうち一人の日本人ミュージシャンと知り合い、バン ドを組んで西海岸のナイトクラブで演奏活動するようになったのです。運が良かったのは、僕がカントリーのフィドラーだったことです。ほかのジャンルの音楽 だったら、演奏する場を見つけることは難しかったと思いますね。フィドラーとして初めてフルタイムの仕事にありつけたのは、カンザスシティの「スターライ ト・クラブ」。アメリカに渡ってから3年目でした。」
 
  3年目にしてどうにか音楽だけで食べれるようになったタブチ。もともと実力があるだけに、その活躍ぶりはやがてロイ・エーカフの知るところ となり、カントリー・ミュージックの都テネシー州ナッシュビルの「グランド・オール・オプリー」で、ロイ・エーカフとの共演という絶好の機会を得ることに なる。タブチの演奏が終わると、会場は、スタンディング・オべーションに包まれたという。
 
  カンザスシティからナッシュビル、そして、ルイジアナへ・・・ フィドラー、ショージ・タブチのカントリー・ミュージックの旅、サクセスへの旅は、いよいよ本格的に始動したのである。

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