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第1回 ショージ田淵<フィドラー>

第4話 ショージ田淵<フィドラー>米国ミズーリ州ブランソン在住


タブチが、バンドの仲間から「面白い町がある」と聞いて、ブランソンにやって来たのが1981年。彼はブランソンの町がすぐに気に入ったという。

「ここの人たちの優しさ、親切さが心にしみました。私が心に描 いている古き良きアメリカというか、どことなく故郷に似た自然環境と人々の気質がすごく気に入ってしまったんです。ここには四季があるんです。春夏秋冬、 完璧な四季です。それに、ここには湖もあるから好きな釣りもできる。長年ツアーで全米各地を走り回る生活が続いていましたから、ここに腰を据えてみようと思いました。それに妻のドロシーとの出会いもありましたしね。(笑)」
 
ブランソンに腰を据えて最初の7年間、タブチは劇場の契約フィドラーとして働き、いつかは自分の劇場を持つという夢の実現に備え更に音楽性を高めていった という。それにしても、保守的な考え方の強い典型的なアメリカ中西部の町で、しかも日本に例えるなら「演歌」とでも言えるカントリー音楽に夢を賭けるエネ ルギーはどこから来ているのだろう。国籍や人種にこだわりの薄いジャズやブルースといったジャンルでは、これまでにアメリカで活躍する日本人ミュージシャ ンの話は、稀に耳にすることはある。しかし、カントリーの世界で成功したという話は彼を除いておそらくいないだろう。

「ひと口で言うなら、情熱と勇気でしね。それに父には内緒で後押ししてくれた母や、僕を支えてくれる妻のドロシー、僕を受け入れてくれたブランソンの人たち を裏切ってはならないという意地ですかね。とにかく音楽的な素養をしっかり磨くことと、諦めないということ。そして、信頼できる良い音楽パートナーを見つ けることですよ。」

いよいよ次回は、音楽仲間として、更には妻としてタブチと長年行動を共にし、いち早くタブチの才能を見いだしていた、ドロシー夫人のコメントを入れながら成功の核心にせまっていく。

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