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第5話 ショージ田淵<フィドラー>米国ミズーリ州ブランソン在住

音楽仲間として、さらには妻として長年行動を共にして来たドロシー夫人はタブチの才能をいち早く見いだしていた。
「初めてタブチの演奏を聴いた時から、クラシックの基礎に裏付けされた彼の演奏に圧倒されたの。それと同時に、彼は単なるフィドラーで終わる人ではなく、トークや存在感でも観客を引きつける素晴らしいエンターテイナーだと直感したわ。この人となら、私のイメージするショーが、お客さんを満足させられるショーが創れると確信し『ショージ・タブチ・シアター』の立ち上げを彼に話したの」
ドロシー夫人の献身的な支えもあって、89年、フィドラー・タブチは念願の劇場を持った。最初は、日本人のフィドラーが看板の劇場という物珍しさもあってお客はやって来るだろう。しかし、当時のタブチは決してメジャーなミュージシャンとは言えない。名の通ったフィドラーは他にも多くいる。タブチの名前だけでお客を呼び続けることはできない。お客さんに二度、三度と足を運んでもらうためには何が必要か、劇場が成功するためにはどうすればいいのか、タブチとドロシーはその答えを日本人の「相手を思いやる心」「痒いところに手が届く気配り」と、カントリー音楽にこだわらない柔軟的なショー構成に見いだしたという。
「ドロシーと日本に行くと、彼女は日本のきめ細かなサービスにすごく驚くんです。ホテルでも、レストランでも、お客への対応がとにかく素晴らしいと感動します。日本ではお客の立場に立っての当たり前のサービスなのですが、外国ではそこまでの気配りは稀です。ショービジネスも同じお客様あっての商売ですから、どうしたらお客さんに楽しんでもらえるか、満足してもらえるかを考えなければなりません。劇場のエントランスに一歩足を踏み入れた時から、ショージ・タブチ・シアターならではのサービスが演出されてなければなりません。そして、ショーの内容も、カントリー音楽にこだわることなく、観客の要望に応じてクラシック、ポップス、ジャズなども積極的に取り入れます。時には日本人という特徴を生かして三味線や尺八、和太鼓などを取り入れた演出も組み入れます。僕のこのユニークな髪型も、お客さんに親しまれるようにとドロシーが考え出してくれたんです」
郷に入っては郷にしたがえという諺がある。国や文化、国民性がことなる場所では、相手の伝統を尊重し、それに合わせることが必要になる。しかし、その一方では、世界中どこへ行っても受け入れられる普遍の日本がある。「気配り」「思いやり」という日本人ならではの心を異国の地で再認識し、それを全面に出すことでタブチは、現在の地位と信頼を得て来たのかもしれない。
「ブランソンを代表するシアターにまで成長させてもらいましたから、もう他の場所に行くことはありません。ここに根を張ってブランソンとドロシーのために頑張って行きますよ」
今日も一枚看板としてステージの中央に立ち、一方では百人を超えるスタッフを抱える大劇場の経営者として奮闘するフィドラー“ショージ・タブチ”。町にネオンが灯るころになると、彼の劇場の広い駐車場には、今日も全米各地からやって来た大型ツアーバスが列をなしている…。
