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Vol.3 晴天の霹靂 日本語講師への道 (後編)

語学学校で思いがけず日本語講師のトレーニングを受けることになった。参加者はアメリカ人のフランク、イタリア人のシルヴィオ、ヒスパニック系のパット、日本人の私の4人。それぞれルーツも言語もばらばらだ。この学校の講師は自分の母国語を教えることになっているが、そのためのトレーニングはもちろん英語で行われる。前日に面接したジャスティンが担当教官だ。


講義の初日、ジャスティンはまず、約半月にわたるスケジュールについて説明した。前半では語学学校の理念などを中心に学び、後半では実際の教授法について学ぶという。「今日はまず、当校の基本精神について学びましょう」と言うと、ジャスティンはホワイトボードにキーワードを書き始めた。「1.徹底した顧客サービス、2.自由で活気のある雰囲気づくり、3.新しいものに取り組むチャレンジ精神・・・。これらは全て暗記してください」。このほかにも、教授法5カ条、講師の心得5カ条などが登場し、全てを暗記させられた。


こうしてスパルタ式トレーニングが始まった。まるで受験勉強のような講義に誰もがうんざりし始めた数日後、シルヴィオがついにジャスティンに抗議した。「暗記や宿題が多すぎる。理論ばかりの講義が役に立つとは思えない」。別の学校でイタリア語講師としての仕事を抱えながらトレーニングに参加していた彼は、暗記や宿題についていけなくなっていた。しかし、ジャスティンは「このトレーニングは当校独自のものです。トレーニングを修了しなければ、うちの講師としては採用されません」と冷静に答え、講義を続けた。ここまできたら、最後まで続けるしかない。


トレーニング期間の半分を過ぎたところで、ジャスティンとの個人面談が行われた。これまでの受講態度や成績をもとに、今後もトレーニングを続行できるかどうかをジャスティンが判断するのだ。結局、シルヴィオがトレーニングからの離脱を言い渡された。脱落者が出たものの、この日を境に教室の雰囲気が和やかになった。実際のテキストを使った講義や模擬授業などによる実践的な内容が増え、講師という仕事のイメージもだんだんつかめてくる。相変わらず暗記や宿題に追われてはいたが、なんとか最終日を迎えることができた。最後の講義を終えると、皆で料理を持ち寄ってのパーティーが開かれた。時には鬼軍曹に見えたジャスティンも「みんな、よく頑張ったね」と激励の言葉をかけてくれ、晴れ晴れとした気分で解散した。


これで日本語講師として採用になったのだが、結局、仕事をする機会はなかった。何度か声はかかったが、大学院の授業との調整がつかなかったのだ。せっかく厳しいトレーニングを終えたので残念な気もするが、大学院生活の予行演習になったと思って、まあ良しとしよう。

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